二〇四四

アメノチハレ、アメツチハレ。

迫りくる大失業時代に備えて…『期限/制限付き電子マネーによるベーシックインカム』の提案

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photo by Ashley Webb

※この記事は2016.3.18に個人ブログ(nakamuramakoto.net)へ投稿したものを、再編集して投稿しています。

将来起こり得る問題として危惧されている「自動化に伴う失業者の増大」の解決策として、「ベーシックインカム(BI)」が必要になると考えられます。さらに、それを「期限付き電子マネー」で支給し、ある程度の「制限」を加えることで最適なかたちになるのではないかと思います。「期限/制限付き電子マネーによるベーシックインカム」についての運用案、予想される利点や懸念される問題点について考えました。

なぜ、ベーシックインカムが必要になってくるのか

人工知能(AI)やロボット技術の進化により自動化が進み、多くの仕事が代替できてしまうといった問題が、最近よく話題になります。現在ある仕事の49%が代替できてしまうという試算もあり、それに伴う失業問題が危惧されています。

テクノロジーがこのままのペースで進化していき、何の対処もせずにいれば、十数年後には失業者が急速に増大することが予想されますが、それと連動して起こる大きな問題として考えられるのが「消費購買力の著しい低下」と「テクノロジーの進化の停滞」です。どういった流れで、そうなると予想できるのかを簡潔に書いていきます。

1.自動化が進むことで失業者が増え、収入を得る人が減少する。

2.お金を持つ人が減少することでモノが売れなくなり、企業の収益も減少する。

3.経費削減の為に企業は従業員をリストラし、さらに自動化を進める。

4.失業者が増大し、景気が悪化することで、社会的にテクノロジーの進化に対する拒絶反応が強くなる。

5.増大した失業者やその家族が団結して、AIやロボットを導入している企業に対しての不買運動を開始する。

6.大多数の意見を代弁する政治家が勝利する。

7.テクノロジーに頼り過ぎない社会や経済圏の再構築が始まる。

8.投資家は利益の見込めない最新テクノロジー関連への投資を控える。

9.テクノロジーの進化が停滞する。

現在の社会制度のままでテクノロジーが進化し、自動化が進んでしまうと、こういった流れになることが一つの可能性として考えられます。

AIやロボットに仕事が奪われたとしても、新しい商品やサービスが生まれて、それに併せて新しい仕事も生まれてくる、という見方も正しいとは思いますが、それらは消費者に経済的な余裕があって初めて求められるものではないでしょうか。自動化によって職を奪われた場合、同職種への転職ではすぐにまた職を奪われてしまうと考えられる為、新たな(しかも、ある程度高度な)スキルを身につける必要があります。職業訓練を受けるなどして、転職活動には多くの時間と(個人はもちろん、国としても)費用が掛かり、その間は消費意欲と購買力が著しく低下した状態が続くと考えられます。消費がなければ、生産の価値はありません。BIを導入して、消費者の消費購買力を維持することで、生産活動の価値も維持できるのではないかと思います。

BIの目的としては「国民の最低限の生活を保障する」という部分が一番重要ではありますが、「現行経済の継続」と「テクノロジーの進化」を将来にわたって続けていく為にも必要不可欠な制度だと考えています。


「期限付き電子マネーによるベーシックインカム」について

基本的な運用案

・支給額…
成人に対して月々11万円程度支給。
未成年に対して月々1万円程度、保護者に対して月々10万円程度支給。[成人するまでの間貯蓄できたり、年齢が上がるごとに保護者との支給額の比率を変えてもいいかもしれない]

・使用期限…
1年。使用しなかった分は期限切れとなる。

・使用場所…
審査を通過し、決済システムが導入されている商店や施設など。

・現金への換金…
期限付き電子マネーを受給者本人が直接現金に換えることは不可。商店や施設等で使用された後、受領した側が資産として扱える。

・財源について…
税収や国債で賄うのではなく、使用されたBIの分だけ市場に通貨を供給する。

[人口が10倍に増えた場合、お金も人口に合わせて10倍に増やすようなイメージの仕組みです。税収は主に、過剰なインフレを防ぐ目的で通貨を償却する?(流通量を減らして、調節する)為に使います。税はそもそも、それぞれの地域で穫れた作物を分配したり、貯蔵によって凶作などのリスクに対応する為にあったのではないかと思うので、モノが溢れていて鋳造貨幣でもない現代においては、こういった税の使い方もありではないかと考えています。BIだけでなく、その他の社会保障費や最低限必要なインフラ費用についても、直接通貨を供給していいんじゃないかと思います。

通貨供給量の調節 → 税金の徴収 → 分配
という現在の流れから、

分配 → 税金の徴収 → 通貨流通量の調節
にするイメージです。

これにはBIの為以外にも目的があって、「全ての個人の存在に対してお金が発行される」という仕組みにすることで「お金の有無に従って個人の存在や価値が左右される」という現在の(おそらく間違った)仕組みと常識を変えていくことができるのではないかとも考えています]

その他運用案

・毎月、マイナンバーカードに「電子マネー」がチャージされる。

・軽減税率で購入できる。

・借金の返済はできない。[最低限の生活を保障するものである為]

・支払える家賃に制限を設ける(6万円程度?)。超過分は現金をプラスして支払える。[全額を毎月の家賃の支払いに充てられてしまうと最低限の生活を保障できなくなる可能性がある為]

・お酒、タバコ、ギャンブルなど依存性のあるものに対しては、合計して月に1万円程度までしか使用できない。[特定の商品やサービスにばかり使用されてしまうと最低限の生活を保障できなくなる可能性がある為]

個人事業主は決済システムの導入、審査費用をBIで支払える。

・決済システムが広く普及するまでの間、必要な人には現金での給付も行う。[いきなり電子マネーのみの収入になってしまった場合、必要なものが買えないという人もいる可能性がある為]


利点と問題点

予想される利点

・生活が保障されている為、学習や技術の習得などに集中でき、新しい分野への挑戦がしやすくなる。

・事業に失敗した時のリスクが軽減される為、起業がしやすくなる。

・挑戦することが当たり前の世の中になれば、革新的な技術やサービスや商品が生まれやすくなる。

・借金の返済が今よりも容易になる為、お金を借りる人が増える。

・無理な環境で労働をし続ける必要がなくなる為、ブラック企業と呼ばれるような会社は淘汰される。

ワークシェアリングを同時に進めれば、一人当たりの労働時間が短縮され、余った時間で消費活動が促進される。

・人材の流動化が進み、働き方が多様化する。

・自動化が促進されて、人工知能やロボット産業が活性化される。

・失業者が増大した場合でも、(空き家や廃棄品の多い都市部を中心とした)スラム化を抑止できる。

・犯罪、再犯が減少する。

・自殺者が減少する。

・ホームレスが減少する。また、現在ホームレスとして生活をしている人達が部屋を借りるなどの消費活動に加わることで経済効果も期待できる。

ネットカフェ難民が減少する。

・家族が多いほど、家庭全体の支給額も多くなる為、子供が増える。

・育児休暇や介護休暇が取得しやすくなる。

・子育てがしやすくなる。

・未成年に対しても娯楽の為の電子マネーを支給することで、非行や売春を抑止できる。

・支給額を全国一律にすれば、物価の安い地方への移住者が増え、地方創生に繋がる。

・医療技術の進化次第で、将来どのくらいの金額に膨れ上がるか想像できない年金制度の代わりになる。

・老後の不安からくる多額の貯蓄をする必要がなくなる為、消費活動が促進される。

・「期限付き電子マネー」で支給することで、貯蓄されることなく消費活動が促進される。

懸念される問題点

・働く人が減る…
可能性としてはありますが、自動化が進んだ場合でも結局は働ける人が減ります。また、多くの人はBIの11万円だけでは「買いたいけど買えないモノ」が出てくるので、その為に働いて+αのお金を稼ぐのではないかと思います。また逆に、世間の労働者への見方が「働かなくてもいいのに、働いてくれている人」に変われば、承認欲求が満たしやすくなるので、働く人が増えるという可能性もあります。

・商品の供給量が不足する…
希少品や贅沢品に関しては品薄になる可能性はありますが、自動化によって生産力が上がる為、生活必需品に関しては心配ないと思います。

・物価が上昇する…
通貨の供給量が増えれば、おそらく物価は上昇します。円安にもなれば、特に輸入関連の商品は値上がりすると思います。でも、BIの支給金額内で生活する消費者をターゲットにしたビジネスも生まれてくると予想できる為、支給額を一定に保つことで生活必需品の物価の上昇は抑えられ、過剰なインフレにはならないのではないかと思います。

・格差が広がる…
儲ける人は儲けやすくなり、収入を得ない人はそれでも暮らしていける為、おそらく今よりも格差は広がります。でも、最低限の生活が保障されていて、その人個人が選びたい生活を選べる世の中であればいいのではないかと思います。


おわりに

ひふみ神示 から5帖ほど、

『今の政治はむさぶる政治ぞ、神のやり方は与へぱなしざぞ、f:id:nakamuramakoto:20171107211144p:plain(ウズ)ぞ、マコトぞ。今のやり方では世界は治まらんぞ、道理ぢゃなあ。天にはいくらでも与えるものあるぞ、地にはいくらでも、どうにでもなる、人民に与へるものあるのざぞ、おしみなく、くまなく与えて取らせよ、与へると弥栄へるぞ、弥栄になって元に戻るのざ、国は富んで来るぞ、神徳 満ち満つのぢゃ、この道理判るであらうがな。取り上げたもの何にもならんのぢゃ、ささげられたものだけがまことじゃ、乗るものも只(無料)にせよ、田からも家からも税金とるでないぞ、年貢とりたてるでないぞ、何もかも只ぢゃ、日の光見よ、と申してあらうが、黄金(きん)はいらんと申してあろが、暮しむきのものも只でとらせよ、只で与へる方法あるでないか、働かん者食ふべからずと申す事 理屈ぢゃ、理屈は悪ぢゃ、悪魔ぢゃ、働かん者にもドシドシ与へてとらせよ、与へる方法あるでないか、働かんでも食べさせてやれよ、何もかも与へぱなしぢゃ、其処に神の政治始まるのぢゃぞ、神の経済あるのぢゃ。やって見なされ、人民のそろばんでは木の葉一枚でも割出せないであらうが、この方の申す様にやって見なされ、お上は幸でうもれるのぢゃ、余る程与へて見なされ、お上も余るのぢゃ、此の道理判りたか。仕事させて呉れと申して、人民 喜んで働くぞ、遊ぶ者なくなるぞ、皆々神の子ぢゃ、神の魂うゑつけてあるのぢゃ、長い目で見てやれ、おしみなく与へるうちに人民 元の姿あらはれるぞ。むさぶると悪になって来るのぢゃ、今のさま見て改心結構ぞ、そろばん捨てよ、人民 神とあがめよ、神となるぞ、泥棒と見るキが泥棒つくるのぢゃ、元の元のキの臣民 地(くに)の日月の神ぢゃと申してあろがな』(光の巻 第三帖)※赤字は補足/解釈

『今の裏のやり方、ひっくり返して表のやり方すれば、それでよいのぢゃ。裏は裏として生きるのぢゃぞ。金は使ふもの。使はれるものでないこと よく判って居らうが。御苦労のことやめなされよ』(春の巻 第八帖)

『与えることは頂くことぢゃと申しても、度をすぎてはならん。過ぎると、過ぎるものが生れて、生んだそなたに迫って来るぞ』(月光の巻 第十五帖)

『金(かね)いらん事になると申してあろが、世界の人民 皆青くなって、どうしたらよいかと何処尋ねても判らん事近づいたぞ、早うこの神示読ましてくれよ、神の心が九分通り臣民に判りたら、神の政治判るのぢゃ、与へる政治いくらでもあるぞ、一通りと思ふなよ、時と所によっていくらでもあるのぢゃ、つまることない神のまつりごとぢゃ。人民の政治 神国には用いられんのぢゃ、三千世界天晴れの政治 早う心得て、まつり呉れよ』(マツリの巻 第七帖)

『楽してよい御用しようと思ふてゐるのは悪の守護神に使はれてゐるのざぞ。人の殺し合ひで此の世の建替出来ると思ふてゐるのも悪の守護神ざ。肉体いくら滅ぼしても、よき世にならんぞ。魂は鉄砲では殺せんのざぞ。魂はほかの肉体にうつりて、目的たてるのざぞ、いくら外国人殺しても、日本人殺しても、よき世は来ないぞ。今迄のやり方、スクリかへて神の申す様にするよりほかに道ないのざ。このたびの岩戸開きは、なかなかぞと申してあろが、見て御座れ、善一筋の、与へる政治で見事建替へてみせるぞ。和合せんとまことのおかげやらんぞ、一家揃ふたらどんなおかげでもやるぞ。一国そろたらどんな神徳でもやるぞ、おのづから頂けるのざぞ。神いらん世にいたして呉れよ』(風の巻 第十三帖)

ひふみ神示にあるような「お金のいらない世の中」というのも、もしかしたら近いうちに訪れるのかも知れません。ですが一足飛びにそこに辿り着けるわけではなく、ベーシックインカムのような制度を橋渡しにして「お金の必要な世の中」から「お金のいらない世の中」へと変わっていくのではないかと考えています。


参考

【洗脳注意】恐怖やカネでは不可能だった世界征服を実現する唯一の方法

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※この記事は2015.11.27に個人ブログ(nakamuramakoto.net)へ投稿したものを、再編集して投稿しています。

今回もかなりぶっ飛んだ話です。これを読んで、「よし!世界征服を目指そう!」と思ってくれる、僕みたいな、おバカな人が増えてくれたら幸いです。

1.世界征服とは何か?

有史以来、数多くの歴史上の人物が企んできた「世界征服」。しかし、達成した者はまだ1人もいません。

どうして達成出来ないんだろうか?
そもそも世界征服って何だろうか?

世界征服(せかいせいふく)とは、国家あるいは団体が主に軍事力を背景に世界にある他の全ての国家を打倒して解体・併合を行うことで、世界及びそこに居住する全ての人類を自己の支配下に置くことを指す。実現は非常に困難であり、現実の人類の歴史において、世界征服を達成した国、人物は厳密には皆無である。

世界征服 - Wikipedia(2015年12月2日版)より

軍事力による解体と併合…。
これまでの権力者達が世界征服を達成できなかった要因は、この方法にあると考えました。

2.「世界征服の定義」と「支配」について

まずは、世界征服の定義と支配とは何かについて考えてみたいと思います。

世界征服の定義

どうなれば世界征服なのか、達成するとどういったものが手に入るのか、について定義します。

・やりたいことをやりたいときにやる
・欲しいものを欲しいときに手に入れる
・全人類を意のままに操る
・思い通りに世界を作り上げる
・全人類から崇拝される

この5つの項目が、僕の考える世界征服の定義です。おそらく、この項目全てが後述する方法で世界征服を達成することによって、手に入れられるのではないかと思います。もし、これ以外のものを手に入れたい場合には、他の方法を探してみて下さい。

支配の法則

支配というものは、支配したその方法によって自らも支配される法則があるように感じます。つまり、恐怖で支配した人は恐怖に支配されて、カネで支配した人はカネに支配されるのではないかということです。

恐怖によって他人を支配した人は、反乱を起こされるのではないか、側近にさえ裏切られるのではないか、と誰も信用出来なくなり、全てが敵になります。そして、夜も眠れないくらいの恐怖に支配されることになります。

カネによって他人を支配した人は、金や財宝、現代で言えば数字を求めるあまり、結果的にそれらに振り回されてしまいます。そして、自らの人生さえもカネに捧げることになります。「カネの切れ目が縁の切れ目」という言葉がありますが、それはカネによって他人を支配しようとし、そのカネにさえも裏切られた人の末路ではないかと思います。

これが支配の法則です。おそらくこの法則からは逃れられないのではないかと思います。(恐怖やカネが必ずしも悪い訳ではないです。身を守る為や犯罪抑止の為、生活の為や経済の流れを円滑にする為に、ある程度は必要なものです。)

だとすると、自分は何によって支配されたいかが重要になってきます。人を支配できるもので、自分自身も支配されたいもの…。それこそが「本物の支配」を実現する最も重要な要素だと考えられます。

「本物の支配」について。誰も逆らえないどころか逆らおうとさえしない、強大な支配。

ここからが本題です。

「本物の支配」とは何か、考える中でヒントを得たのは宗教でした。世界中のほとんどの人が、現在何かしらの宗教を信じています。そして宗教を信じる人達は、教えに従って規則に則った生活をしていれば「何か」を得られるはず、という前提で信じているのではないかと思います。僕が注目したのは、その「何か」です。

多くの人が望み、祈るのは、「家族が安全に暮らせて、食べ物に困らず、病気にならずに生活が出来る」などではないでしょうか。つまり、それらをひっくるめた「幸せ」というものを求めているのではないかと思います。それを全ての人に提供することが出来れば、この世界を征服することが出来ると考えました。正確に言えば、幸せを得る為の「考え方」と「社会/経済システム」の提供です。

この支配について、僕自身が感じたのは幼少の頃です。その時には分からなかったのですが、後になってから、それが「幸せ」による支配だということに気が付きました。

「片付けしておいてくれたら嬉しいな」と言う親の気持ちに応えようと、幼いながらも一所懸命片付けをする自分がいた記憶があります。おそらくその時の僕は、親の喜ぶ顔を見ることで自分も喜びたかったから、そうしたのだと思います。

支配してくれた相手の為に頑張ったり、言うことを聞いて相手を喜ばせる。そして、それが自分の喜びにもなる。「幸せ」というものは、そんな感じで、誰も逆らえないどころか逆らおうとさえしない、強力な支配です。

僕の場合は、なんかいいように使われてるなと思ってしまったり、家庭の問題もちょっとあったりして、常にその状態が続いた訳ではないですが、きっと両親もこの力で僕に支配されていて、家族みんなで互いに支配し合っていた(る?)のだと思います。上下左右関係なく、互いに支配し合える力。これは一見小さな支配に見えますが、この支配を繋げていけば、「恐怖」や「カネ」よりも強大な支配になるのではないかと考えました。

「こいつ何言ってんだ?」と思う人は、とりあえずそれで構いません。

支配の三要素について。

現代社会において、大規模に人を支配しようとするときに必ず必要になるのが、「恐怖」「カネ」「幸せ」の三要素です。疑問に思うかもしれませんが、「恐怖」で支配するにしても、「カネ」で支配するにしても、「幸せ」の要素は必要です。例えば、命令に従っていれば来世で幸せになれるだったり、側近にはより多くのカネを与えたり、高い地位を与えたりして、「幸せ(おそらく擬似的なもの)」を提供することで権力者は権力を保っています。

三要素の何を中心に置くかによって、支配の仕方が変わってきます。「恐怖」中心の支配は、一部の少数の人に「カネ」と「幸せ」を与えて、「恐怖」によって大勢の人に対して搾取や強制や制限をすることで支配します。搾取や強制や制限をする理由としては、支配者たちが持つ以上の力が生まれるのが怖いからです。そのせいで、新しく生まれてくるものは少なくなり、栄えずに衰退していきます。

「カネ」中心の支配は、全体へのルールとしての「恐怖(法律や常識など)」と、ある程度多くの人に対して格差による相対的な「幸せ」を提供することで支配します。恐怖よりは繁栄していきますが、支配者たちは買いたいモノを自由に買えるようにする為や権力を保持し続ける為に、カネの価値を無理にコントロールしようとしたり、一箇所に集めようとします。そのせいで、カネの価値が崩壊してしまいます。恐怖よりは多くの人を幸せで支配しているので、立て直すのは早いですが、右往左往でカネに振り回されてしまいます。

本物の支配を目指すべき

「恐怖」や「カネ」による支配は目標の達成が難しい上に、達成して全人類を支配したとしても、監視しきれずにすぐに転覆してしまったり、コントロール出来ずに右往左往してしまいます。ハイリスクローリターンで達成までの苦労と達成後に得られるもののバランスが悪いように思えます。現実的には、そこまで大きな支配は出来ず、表面的で小規模で短期的な支配しか出来ないのではないでしょうか。「恐怖」による支配は特に、今までの歴史をみても証明されていると思います。「恐怖」や「カネ」による支配は、おそらく「偽物」です。

「世界征服」を目指すのなら、非現実的な方法ではなく、現実的な方法で目指す方がいいです。「幸せ」による支配はおそらく、心の底から人を支配し、感染するように広範囲に広がり、支配者の死後もその支配が続きます。リスクはあるかもしれませんが、「恐怖」による支配よりは格段に低く、達成後に得られるものも大きいのではないかと思います。ローリスクハイリターンです。

「幸せ」によって本当に世界が征服出来るのか、それはまだ分かりません。ですが、試してみる価値はあると思います。

3.世界征服の手順とその後

「カネ・コネ・ゼロ」から始める世界征服

世界征服を実現する為に、まずは支配力の基となる、「幸せ」を得る為の「考え方」を鍛える必要があります。身近な存在を実験台にして、試行錯誤を繰り返しながら、少しずつ支配力を鍛えあげましょう。一緒に住む家族がいるのであれば、まずはその家族を利用するのが最適かと思います。幸せというものが何なのかを研究して、まずは自分の家族を幸せで支配しましょう。

家族との関係だけでなく、映画や音楽などの芸術から学べることも多くあります。身近にあるものを存分に利用して、支配力を鍛えあげましょう。そして、家族が支配出来たと感じてきたら、少しずつ支配の範囲を広げていき、社会に対する影響力を持つことが出来たら、鍛え上げた「考え方」を基に「社会/経済システム」の構築を行い、やがて全世界を征服しましょう。

ただ、途中で必ず「偽物の支配」の誘惑が邪魔をしてくるので、注意しなければいけません。人が集まってくると、簡単にカネを集めることが出来るので、そこに目が眩んで「カネ」で人を支配しようとしたり。「言うことを聞かないと悪いことが起こる」とか言って、「恐怖」で人を支配しようとしてしまいます。一度、偽物の支配をしてしまった場合、信用を取り戻して本物の支配の軌道に戻すのは結構大変です。気を付けましょう。

やりたいことをやり、欲しいものを手に入れる為の「カネを集める」方法

世界征服を果たしてしまえば、「カネ」は簡単に手に入ります。カネは一箇所に集めてしまうと価値がなくなってしまうので、必要な時に集めましょう。例えば、今の時代にはアフィリエイトというものがあります。全人類を支配した状態で「このプリンすごいうまい!」とかなんとかブログなんかでつぶやいたりすれば、その1回の投稿で集まるカネは、1億円はくだらないと思います(プリンの在庫数の問題等はとりあえず無視) 。1億円もあれば、豪華客船の世界一周クルーズにも行けるし、PS4を約3,000個も購入することが出来ます。これはほんの一例です。他にもまだまだカネを集める方法はいくらでもあります。

全人類を意のままに操り、「世界を作り上げる」方法

世界征服を果たしてしまえば、全人類を意のままに操るのも簡単です。「幸せ」で支配してしまえば、人々はその支配者の為に頑張るのが喜びになります。何かして欲しい、作って欲しいものがあれば、それをそのまま素直に伝えればいいと思います。従事者は最善を尽くして頑張ります。命令をした後は「感謝」や「褒め」の言葉を定期的に与えれば、思い通りに事は運ぶでしょう。中でも「ありがとう」という言葉は絶大な威力を発揮します。本当の支配者にこの言葉を掛けられた人は「もっと、もっといい働きをしてやろう」とハリキリます。

全人類から「崇拝される」方法

これは一番簡単です。全人類を「幸せ」で支配した瞬間から崇拝されます。言葉を発して命令する必要も、銃を持ち上げて突きつける必要もありません。そんなのは面倒くさいです。そんなことしなくても崇拝されます。

今がチャンス!

多くの権力者はまだ、全世界を支配できるのは「恐怖」や「カネ」だと信じています。彼らが偽物を信じている間に、本物の支配力を身に着けてしまえば、世界を征服するチャンスは誰にでもあります。今がチャンスです。一番最初に一番多くの人々を「幸せ」にした者が本当の支配者です。

4.今現在、「恐怖」で世界征服を狙っているあなたへ

今のままで本当に望んでいるものが手に入るのか。必死でやっている(やろうとしている)ことが、無駄な努力に終わってしまう可能性も、大いにあるのではないかと思います。この文章が届くかどうかはわかりませんが、届いた場合には、もう一度改めて考え直す機会にして頂けたら幸いです。

「恐怖」による支配は、つまらない世界をつくる

「軍事力による解体と併合」で世界を1つに出来ると思っているのかもしれないですが、今後もし世界的な規模の戦争が起きれば、最終的に人間の姿はそこには無く、「人工知能×ロボット」対「人工知能×ロボット」の戦争になると予想できます。戦争は技術を発展させますが、あまりに急速で破壊的な発展は制御しきれず、文明さえも破壊して、さらには人間そのものを完全に消し去ってしまうかもしれません。核兵器がそのひとつの例です。今度はもっと悲惨なことになると思われます。

ちなみに「人工知能×ロボット」対「人工知能×ロボット」戦争のその後は、「正義のスーパー人工知能×ロボット」がごく少数になった人類を救って、その「正義のスーパー人工知能×ロボット」を人類が崇め奉る時代がくるのではないかと予想しています(これはほんの冗談です)。だから、戦争はやめておいた方がいい。きっと滑稽な結末が待っているだけです。

「恐怖」で支配してしまえば、得体の知れない技術や転覆を謀ろうとする思想を生み出されるのが怖いので、おそらく全てを監視下に置こうとします。そうなると、「みんなロボットみたいに同じことしかしない、見たことあるようなものしか生まれてこない社会」になってしまいます。なので、「恐怖」での支配はせず、「幸せ」で支配した方がいいです。そうすることで、新しい文化や芸術や技術、その他諸々色んな人から見たこともない様な色んなモノやコトが生まれてきます。

1つの組織や国家や宗教の頂点ではなく、全人類の頂点に立つのであれば、ただ一色に揃えることはせず、多様性を許容して、それぞれの色で皆が混ざり合った、調和した世界の頂点に立つ方がよっぽどカッコいいと思います。全人類を恐怖で一色に染めるのは、まだ誰かが反発してくれている間はいいですが、本当に世界が一色に染まってしまった場合、きっとやり飽きたビデオゲームくらいつまらない世界になってしまいます。

「人類」の「頂点」に立つ、ということの意味について

何度も言うようですが、世界中の人々、全ての個人、それぞれにどんな可能性が秘められているかなんて分かりません。どんな才能から、どんな文化や芸術や技術が生まれて、どんな風に世界が色付いていくのか。その可能性を最大限に引き出すにはどうしたらいいのか。それを考えて、実行して、楽しみにしていける人間が本当の支配者だと思います。

恐怖で支配してしまえば、そこにあるのはただ色褪せていく世界だけです。1つの組織、1つの国家、1つの宗教、自分と同じ枠組みに属するか属さないか、といった小さな規模の視点ではなく、その人がどこの誰であっても、どんな肌の色で、どんな宗教を信じていても、共に過ごすときには相手の喜びと苦しみに寄り添い、もし間違いを犯したときは共に罪を背負って、どうしたら償えるのか、改めていけるのかを一緒に考えていく。その視点と器で世界を包むことの出来る人物が全人類の頂点に相応しい人物だと思います。「人類」の「頂点」に立つ、ということはおそらくそういうことです。この視点と器を持ち合わせずに「世界を征服した」「世界を掌握した」「自分が世界を操っている」と言ったところで、それはただ言葉にしただけの幻想に過ぎないと僕は思います。

「頂点」というのは、全てが集まる点です。喜びも苦しみも含めて全てです。「人類」の「頂点」に立つ人物が、人の苦しみを喜び、喜びを苦しみとするはずがありません。

おわりに

この記事を書くのは何回かやめようと思ったけど、やっぱり書きました。自分で読んでも「幸せで支配ってなんだよ。胡散臭い」って思って恥ずかしくなるけど、おそらくこれ以外に方法はないです。まあ、「世界征服」の方法を考えること自体が頭おかしいけど、こんなことで悩んでしまう自分がいるんだから仕方ないですね。そんな自分も受け入れてやりましょう。

最後にひふみ神示 から2帖ほど、

『金(きん)では治まらん、悪神の悪では治まらん、ここまで申してもまだ判らんか、金では治まらん、悪の総大将も其の事知って居て、金で、きんで世をつぶす計画ざぞ』(梅の巻 第二十六帖)

『みろくの世となれば世界の国々がそれぞれ独立の、独自のものとなるのであるぞ。ぢゃが皆それぞれの国は一つのへそで、大き一つのへそにつながってゐるのであるぞ。地上天国は一国であり、一家であるが、それぞれの、又自づから異なる小天国が出来、民族の独立性もあるぞ。一色にぬりつぶすような一家となると思ふてゐるが、人間のあさはかな考へ方ぞ。考へ違ひぞ。この根本を直さねばならん。霊界の通りになるのぢゃ』(秋の巻 第九帖)

トリクルダウンが最高にアホらしい…

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経済学的にとか、そういう難しいことは分かりませんが、トリクルダウン理論に関して「アホらしい…」と思うところが2つあったので、書いてみます。

「富=水」とすれば、富が貯まるのは上ではない。

トリクル(滴り)ダウン(落ちる)は

「富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が滴り落ちる(トリクルダウンする)」とする経済理論または経済思想である。

トリクルダウン理論 - Wikipediaより

だそうです。

アホらしさ1つ目。

富の流れを水の流れに例えるのであれば、なぜ流れる方向と溜まっていくところを同じにしなかったのか。

つまり、「富裕層」=「海」

とした上で、富がどういう流れを辿るのか、について考えるべきだったのではないでしょうか。

「水」は少ない方から多い方へ、上流から下流へ流れて、海に辿り着きます。その性質に「富」の流れを当てはめてみると、富は多い方(富裕層)から少ない方(貧困層)へ流れるのではなく、少ない方(貧困層)から多い方(富裕層)へ流れ、貯まっていくという見方が正しいのではないかと思います。

どうして富を水に例えているのに、水が持つ性質や流れに則って富を説明しなかったのか…。それなら、最初から水(液体)を連想させる言葉を使うべきではありません。

シャンパンタワーのペテン

2つ目のアホらしさは、トリクルダウン理論そのものに対してではなく、説明でよく使われる(?)シャンパンタワーについてです。

シャンパンタワーとは、シャンパングラスをピラミッドのように積み上げ、その頂点に立ったグラスに自分の姿を重ねながら、注がれるシャンパンの流れに酔いしれる(?)やつです。

ペテン師がよく使いそうな見せ方のトリックで、僕もまんまと騙されてしまっていました…orz

なぜ騙されたのかと言うと、シャンパングラスの捉え方を間違っていたからです。シャンパングラスが使われることで、その一個々々を「個人(あるいは一つの企業)」の様に捉えてしまい、一握りの大富豪と、その下の富裕層、さらにその下の中間層、そして大多数の貧困層といった構図であると勘違いして見てしまったのが原因です。

これについても本当は逆で、上にいるのが貧しい者で、下にいるのが富める者です。

本来の見方としては、「個人の数」ではなく、「個人が持つ富の量」と考えて、グラス一杯分の富を持つ人から、グラス数杯分の人に移り、数十杯分の人に移り、数百杯分の人に移る、というように捉えるべきなのではないでしょうか。

富の量とその流れをシャンパンで表現しているはずなのに、グラスの数に囚われてしまっていました。

おわりに

トリクルダウン理論」は名前がよくないですね。海から山に向かって、自然に富が滴り落ちることはないです。富を独り占めして、貯め込みたい気持ちを抑えながら、みんなで協力して富裕層から貧困層へ一段ずつ汲み上げていくイメージなので、「バケツリレー理論」なんかがいいんじゃないかと思います。

海から山へ汲み上げて、そしてまた山から海へ流す…。二度手間( ゚д゚)!

アホらしい…orz

ひふみ神示から2帖ほど、

『水が逆に流れるのであるぞ。上下でんぐり返るのであるぞ。上の人が青くなり、下の人が赤くなるのであるぞ。取りちがひないように理解して下されよ』(月光の巻 第五十八帖)

『ひつくの臣民 落ちぶれてゐると申してあろがな、今に上、下になるぞ、逆立ちがおん返りて、元のよき楽の姿になるのが近づいたぞ、逆立ち苦しかろがな、改心した者から楽にしてやるぞ、御用に使ふぞ』(下つ巻 第三十七帖)

エヴァンゲリオン × ひふみ神示。7つの繋がり - ひふみ神示 解釈 番外篇

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※この記事は2016.6.22に個人ブログ(nakamuramakoto.net)へ投稿したものを、再編集して投稿しています。

今回はちょっと趣向を変えて、「エヴァンゲリオン」と「ひふみ神示」の繋がりについてです。福音、十字架、赤い海、アダム、7つの目、ロンギヌスの槍、使徒、燃えるような赤い目‥など。エヴァンゲリオンは表向きキリスト教の聖書の記述を中心に設定された世界観で描かれているように見えます。ですが、その裏側にはなんとなくひふみ神示が隠されているようにも感じます…。

ひふみ神示を知らない方は、「ひふみ神示 解釈1」から読んで頂けると、少し分かりやすいと思います。全文は「ひふみ神示データー」というサイトに載っています。ひふみ神示の本文を引用する場合、ほぼ全てこのサイトから引用させて頂いています。

繋がり1:渚カヲルイザナギの命、綾波レイイザナミの命?

『ナギ、ナミ夫婦神は八分通り国土を生み育てられたが、火の神を生み給ひてナミの神は去りましたのであるぞ。物質偏重の世はやがて去るべき宿命にあるぞ、心得なされよ』(至恩の巻 第八帖)

渚カヲルは、イザナギの命の”ナギ”を持ってきて、”ナギ”サ。綾波レイは、イザナミの命の”ナミ”を持ってきて、アヤ”ナミ”としたのではないかと思います。

新劇場版でアスカが惣流から式波に変わり、真希波マリというキャラクターが加わって、女性キャラが3人とも”ナミ”の付く名前になったのにも、なにか意味があるのでしょうか。

繋がり2:碇シンジ=てんし様?

『新しき御代の始めのタツの年。スメ大神の生れ出で給ひぬ』(春の巻 第一帖)

僕も「解釈3」では、新しき御代(昭和から平成に代わった時)の最初の辰年に「てんし様」が生まれてくると解釈しましたが、原作者の庵野さんもそう考えたのではないかと思います。ただ、庵野さんの場合は旧暦ではなく西暦(グレゴリオ暦)で考えて、最初の辰年の2000年に「てんし様=碇シンジ」が人の子として受精するというシナリオにしたのではないでしょうか。

繋がり3:なぜチルドレンは5人なのか?

『「あ」の身魂とは天地のまことの一つの掛替ない身魂ぞ、「や」とはその左の身魂、「わ」とは右の身魂ぞ、「や」には替へ身魂㋳あるぞ、「わ」には替へ身魂㋻あるぞ』(上つ巻 第二十六帖)

『元のキの神の子と、渡りて来た神の子と、渡りて来る神の子と三つ揃ってしまはねばならんのぞ、アとヤとワと申してあるが段々に判りて来るのざぞ』(雨の巻 第四帖)

『「ア」と「ヤ」と「ワ」は本(もと)の御用ぞ、「イ」「ウ」の身魂は介添えの御用ぞ』(上つ巻 第二十四帖)

赤い目を持つ、碇シンジ(覚醒時)と渚カヲル綾波レイの3人を神の子「ア」「ヤ」「ワ」として、「元のキの神の子=碇シンジ」、「渡りて来た神の子=白き月のアダム=渚カヲル」、「渡りて来る神の子=黒き月のリリス綾波レイ」(逆かもしれない)としたのではないかと思います。そして、綾波レイには替え(クローン?)のようなものも用意されています。

「イ」「ウ」には「アスカとトウジ」または「アスカとマリ」が当てはまるのではないでしょうか。

繋がり4:エヴァンゲリオンは「ミロクの世」への移行を描いた物語?

『今の肉体、今の想念、今の宗教、今の科学のままでは岩戸はひらけんぞ、今の肉体のままでは、人民生きては行けんぞ、一度は仮死の状態にして魂も肉体も、半分のところは入れかえて、ミロクの世の人民としてよみがへらす仕組、心得なされよ、神様でさへ、この事判らん御方あるぞ、大地も転位、天も転位するぞ』(五葉の巻 第十五帖)

『大掃除はげしくなると世界の人民皆、仮四の状態となるのぢゃ、掃除終ってから因縁のミタマのみを神がつまみあげて息吹きかへしてミロクの世の人民と致すのぢゃ、因縁のミタマにはf:id:nakamuramakoto:20170611112444p:plain(カミ)のしるしがつけてあるぞ』(紫金の巻 第四帖)

エヴァンゲリオンは世界の終わりと始まりを描いた物語ではないかと僕は読み取っています。「人類補巻計画」は、ひふみ神示のこういった記述を参考にしているのではないでしょうか。

繋がり5:同じような世界がループ?

『世はグルグルと七変り、改心の為 世界の民皆、今度は引上げ一旦みなあるぞ』(黄金の巻 第七十一帖)

『今度の岩戸開きはちっとも間違ひない、まぢりけのない、マコトの神の息吹でひらくのざぞ。まぢりありたら、にごり少しでもありたら、またやり直しせなならんから くどうきつけてゐるのざぞ』(磐戸の巻 第十五帖)

TV版、映画版、漫画版で何度も同じような世界をループしているような設定になっているのは、これらの記述を参考にしているのではないかと思います。「ミロクの世」への移行をしようとしているけど、毎回「まぢりけ」が入ることで何度もやり直しているということなのかもしれません。

繋がり6:カシウスの槍=天沼矛?

『ココニ、イザナギノミコト、イザナミノミコトハ、ヌホコ、ヌホト、クミクミテ、クニウミセナトノリタマヒキ、イザナギノミコト イザナミノミコト、イキアハシタマヒテ、アウ、あうトノラセタマヒテ、クニ、ウミタマヒキ』(日月の巻 第二十四帖)

作中に、ロンギヌスの槍とカシウスの槍というアイテムが登場します。ロンギヌスの槍デストルドー(死への欲動)を象徴していて、カシウスの槍はリビドー(生、性への欲動)を象徴している可能性があるそうです。

こちらの記事を参考にさせて頂きました↓

★A.T.フィールドとロンギヌスの槍、カシウスの槍。"リビドーとデストルドー"【エヴァンゲリオンFANさいと】

こちらのサイト主さんの解釈を引き継いで考えてみると、リビドーを象徴するカシウスの槍は、恐らくロンギヌスの槍で原始の状態に戻った世界をもう一度作り固める為に必要なアイテムなのではないかと思います。古事記でいうところの「国産み」をする為の「天沼矛(あめのぬぼこ/ヌホコ)」の役割を持っているのではないでしょうか。

繋がり7:終=2016年?庵野さん56歳。

『五十二才 二(ツキ)の世の始。五十六才七ヶ月 みろくの世』(黄金の巻 第五十四帖)

今年、2016年は庵野さんが56歳の年です。上の記述を元に庵野さん自身の年齢を当てはめて、「物語の終り=ミロクの世への移行」を2016年(かあるいは数え年で2015年)にしたのではないかと思います。ただ、「Q」ではそれが延長されていますね…。


おわりに

どうでしょうか?実際のところは分かりませんが、エヴァンゲリオンひふみ神示にはなんとなく繋がりがある様に感じませんか?今回、僕があげた繋がりは7つですが、これ以外にもまだまだ見つかるかもしれません。

ひふみ神示は宗教的な感じやオカルト的な感じがして、現代の日本人からすると遠ざけたい気持ちにもなってしまいますが、エヴァンゲリオンの謎解きから入るともう少し面白く読めるのではないかと思います。興味が湧いたら、是非読んでみて下さい。全文が読めるサイトです→「ひふみ神示データー

「大丈夫。太陽と月と地球がある限り、大丈夫よ」


参考

エヴァヲタギャルが謎解き!最新Qまでネタバレ解説【エヴァンゲリオンFANさいと】
エヴァンゲリオンがさらにわかる動画:旧【最終調整版】 - YouTube

『最後の審判』と『ハルマゲドン』の正体 - ひふみ神示 解釈5

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※この記事は2016.10.8に個人ブログ(nakamuramakoto.net)へ投稿したものを、再編集して投稿しています。

主にユダヤ教キリスト教で云われている「最後の審判」や「ハルマゲドン」についても、ひふみ神示では言及されています。「解釈3」でも、ちょっとだけ触れましたが、今回はもう少し詳しく書いてみたいと思います。

ひふみ神示を知らない方は、「ひふみ神示 解釈1」から読んで頂けると、少し分かりやすいと思います。全文は「ひふみ神示データー」というサイトに載っています。ひふみ神示の本文を引用する場合、ほぼ全てこのサイトから引用させて頂いています。


一人ひとりの立て別け

『日本の国は一度つぶれた様になるのざぞ。一度は神も仏もないものと皆が思う世が来るのぞ』(上つ巻 第九帖)

『此れまでの仕組や信仰は方便のものでありたぞ。今度は正味(せうまつ)の信仰であるぞ、神に真直(ますぐ)に向ふのざぞ』(日の出の巻 第十三帖)

『一生懸命、自分の信じるように、神を小さくして自分で割り切れるように、引きづり降ろして居るなれど、困ったもんぢゃ、長くゆったりとした気持ちで神を求めて下されよ』(極めの巻 第三帖)

間違った神様を信じてしまう人や、神様を信じられない人。

と、

本当の意味で神様を信じられる人。

『世、迫って、霊かかりがウヨウヨ出ると申してある時来ているのぢゃ。悪かみかかりに迷ふでないぞ。サニワせよ。外はウソが多いぞ。内の声ウソないぞ』(春の巻 第二帖)

『ウヨウヨしてゐる霊かかりにまだ、だまされて御座る人民多いのう、何と申したら判るのであるか、奇跡を求めたり、われよしのおかげを求めたり、下級な動物のイレモノとなってゐるから、囚われてゐるから、だまされるのぢゃ、霊媒の行ひをよく見ればすぐ判るでないか』(紫金の巻 第三帖)

他人を信じ過ぎて、自分を見失ってしまう人。

と、

他人の言葉を信じ過ぎず、しっかりと自分の頭で考えようとする人。

『悪神かかりたなれば自分では偉い神様がうつりてゐると信じ込むものぞ。可哀さうなれど それも己の天狗からぞ』(黄金の巻 第五十七帖)

『手は手の役、足は足、頭は頭の役、それぞれに結構ぞ。上下貴賎(貴賤上下? - 身分が高い低いの区別)ないこと、そなたには判ってゐる筈なのに、早う得心して下されよ』(月光の巻 第五十五帖)※赤字は補足/解釈

自分や特定の人物(集団)だけが偉い存在だと勘違いしてしまう人。

と、

誰が偉い偉くないではなく、皆がそれぞれの役割を果たすことで世の中が成り立っていると理解する人。

『金(かね)は要らぬのざぞ、金いるのは今しばらくぞ、生命は国にささげても金は自分のものと頑張ってゐる臣民、気の毒出来るぞ、何もかも天地へ引き上げぞと知らしてあること近づいて来たぞ、金かたきの世来たぞ』(下つ巻 第三十二帖)

『何事に向っても先づ感謝せよ。ありがたいと思へ。始はマネごとでもよいぞ。結構と思へ。幸と思へ。そこに神の力 加はるぞ。道は感謝からぞ』(春の巻 第三十六帖)

『われよしの小さいわれよしではならん。大きなわれよし結構ぞ。ぎせいになることを尊いことぢゃと申してゐるが、ぎせいに倒れてはならん。己を生かす為に他を殺すのもいかん。己殺して他をいかすのもいかん』(月光の巻 第三十三帖)

金さえあればいい、自分さえ良ければいいといった考え方で、他人を裏切ったり、騙したり、見捨てたりする人。

と、

人や自然に感謝し、自分や家族だけでなく、皆が良くなったらいいと考える人。

『何事もとがむ(非難する)でないぞ。とがむ心、天狗ぞ。神の前にへり下り、へり下っても尚過ぎると云ふことないのぢゃ。人間は、色とりどりそれぞれの考へ方を自由に与へてあるのざから、無理に引張ったり、教へたりするでないぞ。今あるもの、今生きてゐるものは、たとへ極悪ざと見えても、それは許されてゐるのであるから、あるのであるぞ。他を排すでないぞ』(黒鉄の巻 第三十一帖)※赤字は補足/解釈

『【智の中に悪をとり入れるゆとりの出来んやうではマコト成就せんぞ。智の中には総てを取入れて理解出来るやうに】なってゐるのであるぞ。愛の中に悪入れてはならんぞ』(黒鉄の巻 第十七帖)

法律上の罪を犯した者は、ただ排除すればいいと考える人。

と、

なぜその人が罪を犯してしまったのかに注目して、その問題点を改善しようとする人。

『同じ神の子ぢゃと申してゐるが、頭は頭、手は手、足は足と申してあらうが。同じことであって同じでないぞ。悪平等悪平等ぞ。世界丸つぶれのたくらみぞ』(黄金の巻 第八十八帖)

『区別すると力出るぞ、同じであってはならん。平等でなくてはならんが、区別なき平等は悪平等である』(月光の巻 第七帖)

『何も彼も存在許されてゐるものは、それだけの用あるからぞ。近目で見るから、善ぢゃ悪ぢゃと騒ぎ廻るのぞ』(黄金の巻 第六十九帖)

皆を同じ基準で評価したり、主観的な価値観や考え方で、その人の価値を勝手に決めつける人。

と、

どんな人にも、その人なりの役割があり、その人なりの価値があると考える人。

『そなたは左に傾いてゐるぞ。左を見なければならんが、片よって歩いてはならんぞ。そなたは右を歩き乍ら、それを中道と思って御座るぞ。そなたは平面上を行ってゐるから、中道のつもりで、他に中行く道はないと信じてゐるが、それでは足らんのう。立体の道を早うさとりなされよ。【正中の大道】あるのであるぞ。左でもなく右でもなく、うれしうれしの道あるぞ』(月光の巻 第五十四帖)

『今の人民いくさと申せば、人の殺し合ひと早合点するが、それは外道のいくさ。天国へのいくさもあるぞ。幽界へのいくさもあるぞ。人民の云ふ今のいくさ、今の武器は、人殺す外道の道、それではならんのう。外道なくして下されよ。外道はないのであるから、外道 抱き参らせて、正道に引き入れて下されよ』(春の巻 第四十二帖)

自分とは違う価値観や考え方を持つ者を排除しようとする人。

と、

他を受け入れて、互いに共生できる道を探していこうとする人。

『すべて世の中の出来ごとはそれ相当に意義あるのであるぞ。意義ないものは存在ゆるされん。それを人間心で、邪と見、悪と感ずるから、狭い低い立場でゐるから、いつまでたってもドウドウめぐり。それを毒とするか薬とするかは各々の立場により、考へ方や、処理方法や、いろいろの運び方によってしるのであるから、心せねばならんぞ。「今」に一生懸命になりて下されよ』(夏の巻 第二十四帖)


「ハルマゲドン」の正体

『二二は晴れたり、日本晴れ、びっくりばこ いよいよとなりたぞ。春マケ、夏マケ、秋マケ、冬マケてハルマゲドンとなるのざぞ、早う改心せんとハルマゲドンの大峠こせんことになるぞ。大峠となりたら どんな臣民もアフンとして もの云へんことになるのざぞ、なんとした取違ひでありたかと じだんだふんでも、其の時では間に合はんのざぞ』(磐戸の巻 第三帖)

「ハルマゲドン」と聞くと、信じる信じないは別として、善(神)の軍勢が悪(悪魔)の軍勢を打ち滅ぼす、大きな戦争のようなものをイメージする人が多いのではないかと思います。僕も以前までのイメージはそうでした。ですが、ひふみ神示には「ハルマゲドンの大峠」と書かれています。

『天の岩戸開いて地の岩戸開きにかかりてゐるのざぞ、我一(いち)力では何事も成就せんぞ、手引き合ってやりて下されと申してあること忘れるでないぞ。霊肉共に岩戸開くのであるから、実地の大峠の愈々となったらもう堪忍して呉れと何んな臣民も申すぞ』(雨の巻 第十帖)

『今迄 上にあがりて楽してゐた守護神は大峠越せん事になるぞ。肉体あるうちに改心しておかんと、霊になっての改心なかなかぞ。悪も御苦労の御役。此の方について御座れ。手引いて助けてやると申してあろが』(松の巻 第二十二帖)

『出来るだけおだやかに致したいなれど、判りた臣民 日々おわびお祈り結構致し呉れよ、大峠となりてからではいくら改心致しますと申しても、許してくれと申しても、許すことは出来んから』(梅の巻 第六帖)

「大峠」についてのこういった記述を読むと、どこかで起こる大きな戦争というより、これもまた一人ひとりが向き合うべきもののように感じます。

『世界中の洗濯ざから、いらぬものが無くなるまでは、終らぬ道理が分らぬか。臣民同士のいくさでない、カミと神、アカとあか、ヒトと人、ニクと肉、タマと魂のいくさぞ。己の心を見よ、戦が済んでいないであろ、それで戦が済むと思うてゐるとは、あきれたものぞ、早く掃除せぬと間に合わん、何より掃除が第一』(上つ巻 第一帖)

『何につけても大いくさ。人の殺し合ひばかりでないと知らしてあらう』(秋の巻 第二十二帖)

今現在の僕の解釈としては、全世界の人々の「心の中」での戦争が「ハルマゲドン」の正体ではないかと考えています。

『釈迦もキリストも立派な神で御座るなれど、今の仏教キリスト教は偽の仏教キリスト教ざぞ。同じ神二つあると申してあらうがな』(岩の巻 第一帖)

例えば、宗教間の対立も、どちらかの宗教が勝利して、神に救われるかどうかを決める為にあるものではなく、その対立を通して教徒一人ひとりの葛藤を生み出し、それによって「どういう人間か」を立て別ける為にあるのかもしれません。

『いくさは善にもあり、悪にもあり、右には右の、左には左の、上には上の、下には下の、中には中の、外には外のいくさあるぞ。新しき御代が到来しても いくさはなくならん。いくさも歩みぞ。弥栄ぞ。ぢゃと申して今のような外道のいくさでないぞ。人殺し、生命殺すようないくさは外道。やればやる程はげしくなるぞ。正道のいくさは人を生かすいくさ、やればやるほど進むのぢゃ。今の人民いくさと申せば、人の殺し合ひと早合点するが、それは外道のいくさ。天国へのいくさもあるぞ。幽界へのいくさもあるぞ。人民の云ふ今のいくさ、今の武器は、人殺す外道の道、それではならんのう。外道なくして下されよ。外道はないのであるから、外道 抱き参らせて、正道に引き入れて下されよ。新しき霊界は神人(カミヒト)共でつくり出されるのざ。それは大いなる喜びであるからぞ。神のみ旨であるからぞ。新しき世はあけてゐるぞ。夜明ければヤミはなくなるぞ。新しきカタはこの中からぞ。日本からぞ。日本よくならねば世界はよくならん。外道の武器すてよ。外道の武器生かして、活かして、いのちを生かす弥栄の武器とせよ。かへられるでないか』(春の巻 第四十二帖)

教徒だけでなく、世界中の誰の心にも大なり小なりそういった葛藤があり、生きる上での色々な出来事を通して、個人の中の正道(価値観や考え方の違いを受け入れて、中行く道を模索する方)と、個人の中の外道(価値観や考え方の違いを受け入れず、都合の悪いものを排除する方)とが戦っているのではないかと思います。 その心の葛藤こそが「ハルマゲドン」なのではないでしょうか。ただ、ハルマゲドンは場所の名前らしいので、「ハルマゲドン = 一人ひとりの心の中」が正しいですね。

『神の臣民と獣と立て別けると申してあろうが、世の態(さま)見て早う改心して身魂洗濯致して神の御用つとめて呉れよ』(地つ巻 第三十六帖)

『今の世の様見ても未だ会得らんか。神と獣とに分けると申してあろが、早う此の神示(ふで)読み聞かせて一人でも多く救けて呉れよ』(日の出の巻 第十二帖)


最後の審判」の正体

『この方この世のあく神とも現はれるぞ、閻魔とも現はれるぞ、アクと申しても臣民の申す悪ではないぞ、善も悪もないのざぞ、審判(さばき)の時来てゐるのにキづかぬか、其の日 其の時さばかれてゐるのざぞ、早う洗濯せよ、掃除せよ』(磐戸の巻 第四帖)

歓喜に裁きのない如く、神には裁きなし。さばき説く宗教はいよいよ骨なしフニャフニャ腰となるぞ、戒律や裁きは低い段階、過去の部分的一面に過ぎん、裁きを説くのは自分で自分をさばいてゐること、人民に罪なし』(星座の巻 第二十五帖)

そして、「最後の審判」についてです。もう言いたいことが分かってしまった人もいるかもしれませんが…。僕が解釈する「最後の審判」とは、罪を裁いて罰を与えるという意味ではなく、一人ひとりをその価値観や考え方によって「立て別ける」という意味ではないかと考えています。

漢字でいうと、 善か悪かを決めつける「」ではなく、入り乱れたものを解きほぐす「」の意味に近いのかもしれません。

『人間の死後、自分の命(イノチ)の最も相応(フサワ)しい状態におかれるのであるそ。悪好きなら悪の、善好きなら善の状態におかれるのであるぞ。皆々、極楽行きぢゃ。極楽にもピンからキリまであるぞ。神の旨に添ふ極楽を天国と云ひ、添はぬ極楽を幽界と申すのぢゃ。心の世界を整理せよ。そこには無限のものが、無限にあるのであるぞ。神の理(ミチ)が判れば、判っただけ自分がわかる』(黒鉄の巻 第三十八帖)

『人民も改心しなければ、地の下に沈むことになるぞ、神が沈めるのではない、人民が自分で沈むのであるぞ、人民の心によって明るい天国への道が暗く見へ、暗い地の中への道が明るく見えるのであるぞ』(紫金の巻 第七帖)

神の裁きによって地獄に行き煮て焼かれる悪人と、神の救いによって楽園に行き優雅に暮らす善人とが別れるのではなく、一人ひとりがその価値観や考え方によってカテゴリ別けされ、生きたい世界に行き、「それぞれの天国」に住めるのではないかと解釈しています。

※以下、「解釈3」からの抜粋

『死ぬ時の想念がそのままつづくのであるから、その想念のままの世界に住むのであるぞ。この世を天国として暮す人 天国へ行くぞ。地獄の想念、地獄生むぞ』(黄金の巻 第七十五帖)

『霊界にすむものは多くの場合、自分の住む霊界以外のことは知らない。その霊界が総ての霊界であるかの如く思ふものであるぞ。同じ平面上につながる霊界のことは大体見当つくのであるなれど、段階が異なってくると判らなくなるのであるぞ。他の霊界は霊自身のもつ感覚の対象とならないからである』(竜音の巻 第九帖)

『地上天国は一国であり、一家であるが、それぞれの、又自づから異なる小天国が出来、民族の独立性もあるぞ。一色にぬりつぶすような一家となると思ふてゐるが、人間のあさはかな考へ方ぞ。考へ違ひぞ。この根本を直さねばならん。霊界の通りになるのぢゃ』(秋の巻 第九帖)

「死ぬ時の想念がそのままつづくのであるから、その想念のままの世界に住むのであるぞ」→「霊界にすむものは多くの場合、自分の住む霊界以外のことは知らない 」→「霊界の通りになるのぢゃ」

「霊界の通りになる」というのが、建直しされた後の世界のことをいっているとしたら、建直し後の世界では想念(価値観や考え方)が同じ人達が同じ世界(星?)に住むようになり、他の想念の人達とは交流することがないと解釈できます。単純に考えると、他人を受け入れて認め合いたいと思っている人は、同じように他人を受け入れて認め合いたいと思っている人達が集まった世界に行き、他人に優しくしたい人は優しくしたい人同士、他人を見下したい人は見下したい人同士、戦争をしたい人は戦争をしたい人同士で集まり、それが一つの世界になるのではないでしょうか。

『秋の空のすがすがしさが、グレンと変るぞ、地獄に住むもの地獄がよいのぞ、天国ざぞ、逆様はもう長うはつづかんぞ』(天つ巻 第六帖)

互いに認め合いたいと思っている人からすれば、他人を見下したり、争ったりする人達ばかりがいる世界は地獄のように見えるのかもしれません。ですが、そこに住む人達からすると、その状態が天国であって、逆に互いに認め合うような世界が地獄のように見えるのかもしれません。

※抜粋ここまで

『今の世は灰にするより他に方法のない所が沢山あるぞ、灰になる肉体であってはならん、原爆も水爆もビクともしない肉体となれるのであるぞ、今の物質でつくった何物にも影響されない新しき生命が生れつつあるのぞ』(五葉の巻 第十六帖)

例えば、この記述のように原爆や水爆などの武器が通用しない世界というのは、武器を使って敵を攻撃したい人達にとっては、きっと面白くない世界です。なので、武器で敵を攻撃したり、脅したり、お金を儲けたいと思っている人は、武器が実力を持って他人を傷つけることが出来る世界に住めるのではないかと思います。

『進むには、それ相当の苦労と努力いるぞ。あぐらかいて、ふところ手してゐては出来ん。時もいるぞ。金もいるぞ。汗もいるぞ。血もいるぞ。涙もいるぞ。よいもの程 値が高い。今を元とし自分をもととして善ぢゃ悪ぢゃと申してはならん。よき人民 苦しみ、悪い人民 楽している』(春の巻 第五十九帖)

また、同じ価値観や考え方の人と一緒になった上で、それに対応するような人とも一緒になるのではないかと考えられます。例えば、楽して他人よりもいい思いをしたいと考えている人は、他人を騙してでもお金を儲けたいと考えている人と一緒になったりするのではないでしょうか。

『神まつれ、祖先まつれ、子孫まつれ、心まつれ、言葉まつれ、行まつれ、食物まつれ、着るものまつれ、住居まつれ、土地まつれ、感謝感謝で喜び来るぞ』(黄金の巻 第二十二帖)

また、人だけでなく色々な要素もそこに複雑に絡み合ってくるのではないかと思います。例えば、たくさんの感謝をしたい人は、その為に必要な多くの出来事と一緒になったりするのかもしれません。

『人民 栄えて行くことは、神、弥栄のことぞ。神も、人民も、世界も、宇宙も、総ていつまでも未完成ぞ。神様でも大神様は判らんのであるぞ。只、よろこびに向ってひたすらに進んで行けばよいのであるぞ。正しき喜びを先づ見極めよ。見きわめてひたすらに進めばよいのぢゃ』(春の巻 第五帖)

そして、その中で切磋琢磨しながら生き変わり死に変わり成長して弥栄していく人がいて、

『この世に生れて、この世の行せねば、生れた時より悪くなるぞ。草木より役に立たんものとなるぞ。草木に変へると申してあらう。神が変へるのでない。自分でなり下がるのであるぞ』(黄金の巻 第九十一帖)

『人民には分別与へてあるから反省できるのであるぞ。反省あるから進展するのであるぞ。ほっておいても、いらんものは無くなり、いるものは栄へるのであるが、人民の努力によっては、よりよくなるのぢゃ。省みねば生れた時より悪くなると申してあろうが』(春の巻 第九帖)

それとは逆に、人として成長できずに草木になってしまう人や、間違った方向に成長して自ら消滅していってしまう人もいるのではないかと思います。

『マツリせる者を善と云ひ、それに反する者を悪と云ふのざぞ、人々のことごとマツリ合はすはもとより、神、幽、現、の大和実践して行かねばならんのざぞ。天地(あめつち)の大祓ひと呼応して国の潔斎、人の潔斎、祓ひ清めせねばならんのざぞ、与へられた使命を果たすには潔斎せねばならんのざぞ。かへりみる(反省する)、はぢる(恥じる)、くゆる(悩む)、おそる(畏れる)、さとる(悟る)、の五つのはたらきを正しく発揮して、みそぎ祓を実践せねばならんのであるぞ』(青葉の巻 第三帖)※赤字は補足/解釈

『三千世界の大洗濯、誰一人 落したうもない神心、皆揃ふておかげやりたや、喜ぶ顔見たや、遠い近いの区別なし、皆々我が子ぢゃ、可愛い子ぢゃ、早う親の心汲みとれよ』(マツリの巻 第四帖)