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アメノチハレ、アメツチハレ。

本当に理想とする自分の姿は人生最後の日に存在するのかもしれない

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※この記事は2014.11.5に個人ブログ(nakamuramakoto.net)へ投稿したものを、再編集して投稿しています。

世の中は、モノとかサービスとか損得とか優劣とか勝ち負けだとか、たくさんの情報や選択肢や価値基準に溢れています。そこにある日常に身を置いていると、歩むべき方向性を見失いそうになってしまいます。でも、僕はこう思います。

「人生が終わる最後の瞬間に、自身の傍らや内面にあってほしいと思うものが、その人の人生において最も大切なもの」

そして、その瞬間にこそ本当に理想とする自分の姿があるのではないかと考えています。その「最後の瞬間」までに、何を手に入れていたいのか、経験していたいのか、作り上げていたいのか、または何が必要ないのか。後悔して終わるのか、満足して終わるのか。「勝ち組・負け組」という言葉を時々耳にしますが、それは自分自身が最後に決めることだと思います。

日常の中で人生の最後を想像して生きることは難しいです。大抵は病気などで死を意識した時に考え始めるものだと思います。でも、人間の寿命が100年、300年、1000年に伸びようと、いつかは個人としても人類としても、そこに辿り着くことを忘れてはいけません。

いつかは誰もが辿り着くその瞬間を想像して生きることで、自分自身にとって最も大切なものや、その時々でどの感情に身を委ねるべきなのか、そういったものが見えてくるのではないかと思います。毎日のように考えることではないですが、何かに躓いて迷った時には考えてみて下さい。もちろん、想像したところでその終わり方が出来るかどうかは分かりません。でも、今の生き方や考え方を見つめ直すきっかけにはなるかと思います。

おわりに

こんなことを書いてみても、やっぱり難しいです。僕自身、頭では分かっていても何度も迷ってしまうし。「やってやるぞ!」と勇み足になって、すぐに疲れてしまったり。あれもこれも出来るんだってカッコつけようとして、頭がぐちゃぐちゃになって、結局全部が面倒くさくなってしまったり。そして、自分は何も出来ない人間なんだと自暴自棄になって無気力になってしまう。偉そうなことを書いておきながら、それを一番実行出来ていない人間なのかもしれないです。でも、こんなことも思います。

「一番強い者は一番弱い者でもある」

すぐに壊れてしまいそうな弱さを知っていながら、それでもまた、何度でも立ち上がれる強さを持っている者が本当の意味での強い者だと思います。だから、僕も頑張ります。弱さはもう十分に身に着けました。あとは強く成るだけです。