二〇四四

アメノチハレ、アメツチハレ。

愛情を持つときに大切な3つの考え方

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※この記事は2014.12.24に個人ブログ(nakamuramakoto.net)へ投稿したものを、再編集して投稿しています。

今回は「愛情」というものについて、現時点での僕の考え方をまとめました。「人間が人間に対して持つ愛情」という範囲内での考え方です。小っ恥ずかしく書いていきます。

1.人間が持てる最大限の愛情は悩み続けること

「愛は心の片隅に置くところから始まって、愛情は幸せを願うところから始まる」と思います。

優しくすること、思いやること、大切にすること、信頼すること、褒めること、間違っていたらちゃんと叱ること。愛情を持った行動といわれるものは数多くあります。でも、人間である以上、その愛情が正しいかどうか本当の意味で分かっている人はいないと思います。なので、誰かに対する愛情を持つ時に一番大切なのは、正しい愛情を提供出来るかどうかではなく、その人についてどれだけ深く悩めるかどうかなのではないでしょうか。その人がその時に必要としているものは何か、与えられるものは何か、逆に与えるべきでないものは何か。その悩みは時には苦しいこともあって、やめたくなることもあります。だから休み休みでもいいと思います。それでも、その悩みを持ち続けるということが最大限の愛情を持ち続けるということだと僕は考えます。そして、その悩みが目指す方向は、やっぱり「幸せ」なのではないでしょうか。

2.自分自身に対する愛情を持たない人は自分以外の人への愛情も持つことが出来ない

周りの人には幸せになって欲しいと願っていながら、苦しみから逃げて楽になろうとしている自分がいました。その矛盾に気が付いた時から、僕はこう思い始めました。自分自身に対する愛情を持たない人は自分以外の人への愛情も持つことが出来ない。言い換えると、自分自身の幸せを願えない人は自分以外の人の幸せも願えない。僕はそう思っています。自分に先ず、自分自身の幸せを作り上げる力や感じ取る力が無ければ、周りの人にそれを与えることは出来ません。それに、もし自分の幸せを諦めてしまえば、その人の幸せを願う周りの人も心の底から幸せになることはないと気が付きました。

あと、自分以外の誰かへの愛情を持つのは、結局は自分の為なんじゃないかとも思います。自分にとって一番心地の良い居場所を知っているのは自分自身だけです。そして、その居場所を作り上げられるのも自分自身だけです。でも、その居場所を作り上げる為に必要不可欠なものが、多くの場合は自分以外の誰かの幸せなんだと思います。幸せにしてあげる為でも、もらう為でもなく、自分自身の幸せを作り上げる為に、幸せを願う自分以外の誰かは存在するのだと僕は思います。そして、そこにあるべき感情は、幸せにしてあげているという思い上がりなどではなく、幸せを願わせてもらっていることへの感謝だと思います。

3.人と人との間の中で愛情は成長していく

とはいえ、イラつくことだって、憎みたくなることだって、恨みたくなることだってあります。幸せを願うべき相手に対しても、自分自身に対しても、それ以外の人に対しても…。思い通りにならなくて、人のせいにして、突き放して、そうしてしまう自分をまた嫌ったりして…。でも、それでいいんだと思います。その距離があるからこそ、僕等はそれを埋めようと悩むことが出来て、愛情はまた成長していくんだと思います。

きっと、人と人とがどれだけ分かり合おうとしても、少しだけ残ってしまうむなしさの正体は、愛情が成長し続ける為に必要な余白のようなものなのかもしれません。

おわりに

やっぱり「愛情」のことについて書くのは難しかったです。説明不足なところもあるので、解りにくかったりもすると思います。すみません。でも、今のところの考え方はこんな感じです。また気が付いたことがあったら書いていきます。「なぜ生きる」と同様に、これについても人それぞれの考え方や正しさがあると思うので、それを見つける為の材料にして頂けたら幸いです。